井上有一は世界を視野にとらえ、西欧の価値意識の中で表現する線の姿を、造形していたと思われる。たとえば用筆法にしてもナタでぶった切るという豪快なテクニックだ。墨色も繊細なにじみの妙というより、薄い墨が持つ空気や濃墨が持つ空気がでればいいという感じだが、それがかえって一種独特の色彩を生みだしている。カーボンを水に溶かして膠(にかわ)で定着させるというやり方で墨色を作り、墨を磨るという古典的な方法ではない。大量に墨を簡単に作ることができたのであろう。また、エナメルを使ったりしてイメージ通りの質感をだすために書道の領域では生まれてこない、様々な思いつきで紙に向かっている。淡墨で書いた「圓」の薄墨いろは、太い線の中に幾筋もの線のたまりができて、上品さのかけらもないが不思議で痛快な淡さであろう。形式的な伝統を拒否したその姿の奥に、書の根源を現出させようとするエネルギーを感じる。