一之二
雖然有患、未知有所待而後當、其所待者、特未定也、庸詎知者所謂天之非人乎、所謂人之非天乎、且有眞人、而後有眞知、
然りと雖も患あり。夫れ知は待つ所ありて而る後に当たる。其の待つ所の者は、特(ひと)り未だ定まらざるなり。庸詎くんぞ、吾が謂わゆる天の人に非ず、謂わゆる人の天に非ざるを知らんや。且れ真人ありて、而る後に眞知あり。
けれども、ここにはなお欠点がある。いったい認識は、その標準がそもそも確定しないのだ。[わたしは、自然と人間とを分けて述べてきたが、]わたしのいう自然があるいは人間のことではないのか、わたしのいう人間があるいは自然ではないのか、それはまったく分からない。そこで、真人がいてこそ、はじめて真実の認識があることになるのだ。