カテゴリ:孔子( 322 )
孔子321
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齊景公待孔子曰、若季氏則吾不能、以季孟之間待之、曰、吾老矣、不能用也、孔子行、
斉の景公、孔子を待つに曰わく、季氏の若きは則ち吾れ能わず。季孟の間を以てこれを待たん。曰わく、吾れ老いたり、用うること能わざるなり。孔子行る。
斉の景公が孔子を待遇するについて、「[魯の上卿である]季氏のようには、できないが、季氏と[下卿]の孟氏との中間ぐらいで待遇しよう。」といったが、[やがてまた]「わたしも年をとった。用いることはできない。」といった。孔子は[斉から]旅立たれた。


齊人婦女樂、季桓子受之、三日不朝、孔子行、
斉人、女楽を帰る。季桓子これを受く。三日朝せず。孔子行る。
斉の人が女優の歌舞団を[魯に]贈ってきた。季桓子はそれを受けて三日も朝庭に出なかった。孔子は[魯の政治に失望して]旅立たれた。
by mteisi | 2017-06-26 07:28 | 孔子
孔子319
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柳下惠爲士師、黜、人曰、子未可以去乎、曰、直道而事人、焉往而不三黜、枉道而事人、何必去父母之邦、
柳下惠、士師と為り、三たび黜けられる。人の曰わく、子未だ以て去るべからざるか。曰わく、道を直くして人に事うれば、焉くに往くとして三たび黜けられざらん。道を枉げて人に事うれば、何ぞ必ずしも父母の邦を去らん。
柳下惠は士師(罪人を扱う官)になったが、三度も退けられた。ある人が[あなたそれでもなお他国へ行けないのですか。」というと、答えた、「まっ直ぐに道を通して人に使えようとしたら、どこへ行っても三度は退けられます。[退けられまいとして]道をまげて人に使えるくらいなら、何も父母の国を去る必要もないでしょう。」
by mteisi | 2017-06-25 07:38 | 孔子
孔子319
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微子第十八

微子去之、箕子爲之奴、比干諫而死、孔子曰、殷有三仁焉、
微子はこれを去り、箕子はこれが奴と為り、比干は諫めて死す。孔子の曰わく、殷に三仁あり。
[殷王朝の末に紂王が乱暴であったので、]微子は逃げ去り、箕子は[狂人のまねをして]奴隷となり、比干は諫めて殺された。孔子はいわれた、「殷には三人の仁の人がいた。[しわざは違うけども、みな国を憂え民を愛する至誠の比とであった。]」
by mteisi | 2017-06-24 07:33 | 孔子
孔子318
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廿五
子曰、唯女子與小人、爲難養也、近之則不孫、遠之則怨、
子の曰わく、唯だ女子と小人とは養い難しと為す。これを近づくれば則ち不孫なり。これを遠ざくれば則ち怨む。
先生がいわれた、「女と下々の者とだけは扱いにくいものだ。近づける無遠慮になり、遠ざける怨む。」

廿六
子曰、年四十而見惡焉、其終也已、
子の曰わく、年四十にして悪まるるは、其れ終わらんのみ。
先生がいわれた、「年が四十になっても憎まれるのでは、まあおしまいだろうね。」
by mteisi | 2017-06-23 07:29 | 孔子
孔子317
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廿四
子貢問曰、君子亦有惡乎、子曰、有惡、惡稱人之惡者、悪居下流而訕上者、惡勇而無禮者、惡果敢而窒者、曰、賜也亦有惡乎、惡徼以爲知者、惡不尊以爲有者、惡訐以爲直者、
子貢問いて曰わく、君子も亦た惡むこと有りや。子の曰わく、惡むこと有り。人の悪を称する者を惡む。下に居て上を訕る者を惡む。勇にして礼なき者を惡む。果敢にして窒がる者を惡む。曰わく、賜や亦た惡むこと有りや。徼めて以て知と為す者を惡む。不孫にして以て勇と為す者を惡む。訐きて以て直と為す者を惡む。
子貢がおたずねしていった、「君子でもやはり憎むことがありましょうか。」先生はいわれた、「憎むことがある。他人の悪いところを言いたてる者を憎み、下位に居ながら上の人をけなす者を憎み、勇ましいばかりで礼儀のない者を憎み、きっぱりしているが道理の分からない者を憎む。」賜(子貢)よ、お前にも憎むことがあるか。」「(他人の意を)かすめ取ってそれを智だとしている者を憎みますし、傲慢でいてそれを勇だとしている者を憎みますし、[他人の隠しごとを]あばきたててそれを真っすぐなことだとしている者を憎みます。
by mteisi | 2017-06-22 08:21 | 孔子
孔子316
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廿三
子路曰、君子召勇乎、子曰、君子義以爲上、君子有勇而無義爲亂、小人有勇而無義爲盗、
子路が曰わく、君子、勇を尚ぶか。子の曰わく、君子、義以て上と為す。君子、勇ありて義なければ乱を為す。小人、有ありて義なければ盗と為す。
子路がいった、「君子は勇を貴びますか。」先生はいわれた、「君子は正義を第一にする。上に立つ者が勇敢であっても正義がなければ乱を起こすし、下々の者が勇敢であっても正義がなければ盗みをはたらく。」
by mteisi | 2017-06-21 07:36 | 孔子
孔子315
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廿二
子曰、飽食終日、無所用心、難矣哉、不有博奕者乎、爲之猶賢乎已、
子の曰わく、飽くまで食らいて日を終え、心を用うる所なし、難いかな。博奕なる者あらずや。これを為すは猶お已むに賢れり。
先生がいわれた、「一日じゅう腹いっぱい食べるだけで、何事にも心を働かせない、困ったことだね。さいころ遊びや碁・将棋というのがあるだろう。[あんな遊びでも]それをするのは何もしないよりはまだましだ。」
by mteisi | 2017-06-20 07:33 | 孔子
孔子
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廿一之二
女安則爲之、夫君子之居喪、食旨不甘、聞樂不樂、居處不安、故不爲也、今女安則爲之、宰我出、子曰、予之不仁也、子生三年、然後免於父母之懷、夫三年之喪、天下之通喪也、予也有三年之愛於其父母乎、
女安くんば則ちこれを為せ。夫れ君子の喪に居る、旨きを食らうも甘からず、楽を聞くも楽しからず、居処安からず、故に為さざるなり。今女安くんば則ちこれを為せ。宰我出ず。子の曰わく、予の不仁なるや。子生まれて三年、然る後に父母の懐を免る。夫れ三年の喪は天下の通喪まり。予や、其の父母に三年の愛あらんか。
「お前が何ともないのならそうしなさい。一体、君子が喪に服しているときというのは、うまいものを食べてもうまくないし、音楽を聞いても何ともないのならそうしなさい。」宰我が退出すると、先生はいわれた、「予(宰我)の不仁なることよ。子どもは生まれると三年たってやっと父母の懐から離れる。あの三年の喪というのは[それを考え合わせたて定めたもので、]世界じゅうだれもが行う喪である。予にしても、その父母から三年の愛を受けたのであろうに。」
by mteisi | 2017-06-19 07:37 | 孔子
孔子313
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廿一之一
宰我問、三年子喪期已久矣、君子三年不爲禮、禮必壞、三年不爲楽、樂必崩、??穀既没、新穀既升、鑽燧改火、期可已矣、子曰、食夫稻、衣夫錦、於女安乎、曰、安、
宰我問う、三年の喪は期にして已に久し。君子三年礼を為さずんば、礼必ず壞れん。三年楽を為さずんば、楽必ず崩れん。旧穀既に没きて新穀既に升る、燧を鑽りて火を改む。期にして已むべし。子の曰わく、夫の稲を食らい、夫の錦を衣る、女に於いて安きか。曰わく、安し。
宰我が「三年の喪は、まる一年でも十分の長さです。君子が三年も礼を修めなければ、礼はきっとすたれましょう。三年も楽を修めなければ、楽はきっとだめになりましょう。古い穀物が無くなって新しい穀物が実り、火取りの木をこすって火を作りかえる[というように、一年ごとにひとめぐりですから]、まる一年でやめてもいいでしょう。]とおたずねしました。先生が「[親が死んでから三年たたないのに]の米をあの錦を着るということが、お前にとって何ともないのか。」といわれると、「何ともありませんと。」とこたえた。
by mteisi | 2017-06-18 08:16 | 孔子
孔子312
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十九
子曰、予欲無言、子貢曰、子如不言、則小子何述焉、子曰、天可言哉、四時行爲、百物生焉、天可言哉、
子の曰わく、予れ言うこと無からんと欲す。子貢が曰わく、子如し言わずんば、則ち小子何をか述べん。子の曰わく、天何をか言うや。四時、行われ、百物 生ず。天何をか言うや。
先生がいわれた、「わしはもう何も言うまいと思う。」といわれた。子貢が「先生がもし何も言われなければ、わたくしども門人は何を受け伝えましょう。[どうかお話をして下さい。]」というと、先生はいわれた、「天は何か言うだろうか。四時はめぐっているし、万物も生長している。天は何か言うだろうか。[何も言わなくても、教えはある。ことばだけを頼りにしてはいけない。]」

廿
孺悲欲見孔子、孔子辭之以疾、將命者出戸、取瑟而歌、使之聞之、
孺悲、孔子に見えんと欲す。孔子辞するに疾を以てす。命を将なう者、戸を出ず、瑟を取りて歌い、これをして聞かしむ。
孺悲が孔子にお会いしたいといってきたが。孔子は病気だと言ってことわられた。取りつぎのものが戸口を出ていくと、[先生は]瑟をとって歌って、聞こえるようにされた。[仮病だと知らせて孺悲の反省をうながしたのである。]
by mteisi | 2017-06-17 08:01 | 孔子