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2008年12月31日
地禄神社

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地禄神社が白木原の氏神様が。
85才になる私の父がせっせと世話を焼いている。
今日も氏子の人達と正月を迎えるということで暖をとるための薪集め。

よく考えるとたいしたものは作ってはいないが、
合板や板が駐車場や、作業場と化した3階の教室に
沢山散らかっていたので、
せっせと片付けて軽トラック一杯持って行った。

幟が階段の両脇に眩しく立っていた。見慣れた父の字だった。
見ていたはずだが、今日は新鮮。
堂々として清々しい。
父は今日もここで正月を迎える。

今年は白川静に始まって白川静で暮れた。
また白川静から始まる。
今日アマゾンから松岡正剛の「白川静」が届いた。
NHKの放送ではあまりいい印象を持たなかったので、
どうしようかと思ったが、とりあえず読んでからと買ってみた。

武田双雲が評判になって、書が見直されるといいと思う。
だが、語源の面白さから書への入り口を見いだすのが、
一番本質的で面白いところへ、導いてくれんじゃなかろうか。
福岡書芸院の全員が自発的に「字統」を手にするようになったら、
面白いことになるかな。如何にし向けるか。
by mteisi | 2008-12-31 23:18 | 書について
2008年12月29日
七福神

パソコンに依存しない暮らしをと思っていたが、
ブログを書くことになってしまった。

以前から存在を知っていた糸井重里の「ほぼ日」を
覗いた見たら、すごいことになっていたので、
毎日開いて楽しむようになった。
原丈人の「国富論」も闇の中の灯りに思えるし、
吉本隆明に関しては、とんでもない影響を受けている。
その為に、ipodを買うことになった。

そんな中「武田双雲」である。とんでもない「天地人」。
何でと思った。
どうした糸井と思ったが、我慢して読んでみた。
糸井は糸井重里だった。
肩入れするわけでもないが、これからも楽しめる。

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叶匠壽庵の「七福神」をいただいた。
by mteisi | 2008-12-29 22:56 | 自作の書
2008年12月27日
往という字

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往という字にオウという発音は表す形がない。
行人偏は道と行くという意味がある。
始まりの字は王を象徴するとされる神聖な儀器の鉞(まさかり)の上に、
歩くという意味を持つ足跡の形から出来た止を載せている。

そこで白川静は
特別な儀礼を意味する字で、王が出陣する時の出行儀礼を
示す字であろうと言っている。
卜字には出行に際して「往来、災亡ききか」と卜する例が多く、
その安全を祈る呪的儀礼を示すのが、その初文の形だと言っている。

主という字は止と王が略されて漢の時代に変わったようだ。
いやあ、漢字は面白いし「字統」は漢字の宝庫。

by mteisi | 2008-12-27 20:41 | 語源で遊ぶ
2008年12月21日
熊谷守一

守一は絵を通して徹底的に自我を通した人である。
絵を描くのも好きだから描くのであって、他になんの目的もないと語っている。
坂本(繁二郎)さんはいい絵を描きたいと思っていた。
私はその欲もないという。
目的がなく描くということが、頭では理解できるのだが、
未だにその実感を味わうことはない。
そのような世界で芸を遊んでいた人である。

その守一に出会ったのが福岡の天神地下街。
「たち吉」のショーウインドーに「延壽万歳」という色紙額が掛かっていた。
その書に吸い寄せられ、くいるように見入った。
筆法の跡も見られない、形の有りようもなるようになるという感じの無味なものだった。
だが、そこに何か分けの分からない大きなものが存在していた。

以後、書作集や随筆を読みあさって守一を追求した。
「すずめ」「たんぽぽ」「蒼蠅」「雨滴」「いろは」「雪月花」数えればきりがない。
「無」は本当の無を表現していると感じる。
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守一をイメージして書いてみた。
by mteisi | 2008-12-21 17:39 | 歴史的な作家と書
2008年12月17日
我が家の階段美術館

リフォームをやった際に階段に作品を張ってみた。
1998年の作品で、この年は色々な作品を作ってみたが
表具に仕立てたのは2点だけ。
残りはなんとなく取っていた。
それを全部張ってみた。

お気に入りの空間。
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by mteisi | 2008-12-18 00:28 | 展覧会
2008年12月13日
村上レシピ

久し振りに「村上レシピ」さんを訪ねた。
土曜日の今日は営業していると思っていたが、
今は日曜日だけを営業しているそうだ。
休みなのに見せてもらった。

椅子やテーブルが見たかったのだが、
五月の「梅屋」での展示会に向けて制作中だそうだ。

村上さんの作品ではなかったが、
吹きガラスのコップが薄くて美しかったので、
五個ばかり買って来た。

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荒川尚也さんの工房スタッフの作品で、なんと一個大1000円小900円。
写真がヘボイ。
by mteisi | 2008-12-13 20:27 | 手仕事
2008年12月10日
会津八一

私にとって昭和の三筆は、熊谷守一、高村光太郎、会津八一の三人。
四番手に井上有一が入ってくる。

書家を四番手に押せるのは、残念ながらうれしい。
室生犀星や中川一政須田剋太、奥村土牛、前田青邨、北大路魯山人など、
魅力的な書を書いた人はあまたいる。

書家は芸術的人間臭のする書を求めないので、
時代を表現する書家がなかなか出てこない。

ちょっと前まで私にとって守一が最高であり、守一のように表現したいと思っていた。
ところが、白川静を学ぶようになって、俄然八一が面白くなってきた。
口が面白い。
最近手に入れた書簡集を読んでいて、よくも抜けぬけと、と思うものがあった。

一つは自分のように書が書けて、歌を読める人間は他にはいない、
もちろん良寛を入れても構わないと。
そしてもう一つ、王羲之のような俗調な楷書など書かない。
私は自然の造作物と殷周三代(夏・殷・周)から書を学んだ。
と、いっているのだ。

痛快なことを言う人だなと、軽く思っていたが、
白川静の「字統」と共に金文を見ていくと、
漢字の構造が今までとは違う角度から、見ることが出来てきた。
造形を工夫する上で今までの書論的工夫とは
全く違う視点を持てるようになってきた。

会津八一は語源研究を発表することはしなかったが、
自分なりに徹底的に研究したのではなかろうか。

書論の中で私は世界中の文字を見たといっていた。
これは文学も含めてのことだったのかもしれない。
by mteisi | 2008-12-11 01:07 | 歴史的な作家と書
2008年12月7日
坂本工窯〈新作Mujiシリ-ズ展)

あまねやでやっている、小鹿田の坂本工(たくみ)さんの展覧会を見てきた。

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以前紹介した割れた茶碗はお父さんの作品。
今日は白釉の深とした茶碗を買ってきた。
今回の展覧会は無地を基調にしたものだった。これは「あまねや」の川口さんが
坂本さんをそそのかして企んだ革命的試みだ
川口さんにとっても工芸という世界にとっても、明日が楽観できない中での
手仕事の熱気を感じた。
書もそうだが、歴史的背景を持った手仕事が存続不可能状態になっている。
これから好転する材料も見あたらない。
可能性を作るしかない。

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ところで、これは川内さん作「粟ぜんざい」
どことかのお店で、食べたのが美味しかったので作ってみた、
と、もって来てくれた。
粟餅の食感が、初物で美味しかった。
by mteisi | 2008-12-07 22:32 | 手仕事
2008年12月3日
寸時舎にて

久し振りの寸時舎。エゴノキの葉は落ちていたが、小楢がいい色だった。
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小屋を建てている時は自然に囲まれた山中で、鳥の聲や風の音を聞きながら、制作や時には授業でもできたらと思っていた。
作り上げた途端に仕事が忙しくなり、ギャラリーをやったり展覧会を企画したりで、山の空気を吸うことさえもままならなくなった。

もう15年が過ぎてしまった。
近頃はちかくの風山叢で野良仕事をするようになったので、ちょいちょい使う機会が出来るかもしれない。

自分の手で寸時舎を作ろうと思ったのは、「あまねや」さんにそそのかされたこともあったが、
書は習うものではなく、学ぶものだということを、実験したかったから。
それまで日曜大工もしたことがなかったが、建築家相原さんのアドバイスと
軸組みの解説書を先生にどうにか作り上げた。

こんどは「風山叢」に小屋を建てなくちゃ。
by mteisi | 2008-12-03 17:41 | 手仕事
2008年12月2日
羌人は犠牲

敬の字は犠牲を攴(う)って、祝禱の祈りが適うように責めている形。
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この字に含まれる羌人は中国北西部で遊牧生活をしていた人たち、エビスともいう。
殷の時代は祭祀による政治が行われ、神に様々な犠牲を奉げていた。
その人の犠牲として捕らえられたのが羌族と苗族。
南の苗族は農耕民族で団結力があり防御が堅かったが
それに比べ遊牧民の羌族は少数で移動しながらのんびりした暮らしだったので、
捕らえやすく犠牲にされていた。

このように漢字には色々な部品があって、その部品の意味を知ると
知らない字でもおよその見当がつく。

私たちの漢字は一字に一つの意味しか通用させていないが、
もともと漢字は多くの訓をもっていたようだ。
by mteisi | 2008-12-02 14:43 | 語源で遊ぶ