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2009年1月27日
良寛「いろは 一二三双幅」

良寛の作品に「いろは」と「一二三」の三文字を書いた書がある。
これがさらりとしかも深みのあるコクを持った、いい間で書かれている。
流石の作。
絶版になっている中央公論社の書道藝術第20巻「良寛」を見ながら紹介してみたい。
トリミングによって余白が違うかもしれないが、そこは考えないことにして。
題に「いろは 一二三」双幅と書いてあるから二つで一つの作品と考えてもよい。
だが、落款は両方共に書かれていて独立している。
作品の上下の空間を天地とも呼ぶが、天と地の空き具合の違いによって
微妙な気配が生まれてくる。
「いろは」は天を広くあけて書き「一二三」はそれより狭く書き出している。
「いろは」は字の流れと字間の間の変化、
そして筆運びの速さのちがい筆圧のちがいを見せている。
天を広く空けながら一画目を短く、余り強くなく書き出している。
それは大きく右に傾き二画目はそれと平行に高い位置に打ち込んでいる。
中心線は45度くらい右に傾き、そのまま「ろ」に向かう。
流れを垂直方向にもどし字形を安定させる。
だが、この時二画目の縦へ降りる線は刻んだようにかすれている。
この線は筆を途中で固めているので、
筆圧をかけると畳の目のようにギザギザが出るのだ。
「い」の字を書くときに墨を沢山つけてないのがこのような線を生み出している。
このかすれの渋滞した様な線は枯淡を表すのに効果的である。
さて、「は」の字だが「い」から「ろ」の間よりやや空いている。
「ろ」の墨量からすると少し墨継ぎをした線だが、
呼吸はとぎれてないように見える。
筆先を絞り込んだ様子は見えなく、らくに引いている。
墨は残っていたのであろう。
すると「ろ」の力かげんは絶妙であるし、
墨を継いだとすれば、またその呼吸も見事である。
そして落款「沙門良寛書」は細ぼそと草書で書かれている。
鋒先だけでかすかすと書いたのであろう。

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「いろは」臨書してみた。
by mteisi | 2009-01-28 11:54 | 歴史的な作家と書
2009年1月24日
良寛「天上大風」

先の六曲一双屏風は光のような輝きをもった造形が飛翔するが、明らかな造形は出てこない。だが、同じ良寛でも「天上大風」はその形を指で描くことが出来る。実物は見たことがない。作品集の中で出会った。

躍動感というよりも力を内包した、おだやかな運筆の深さを感じる。楷書で書かれているが、学校のお手本のようには整斉とはしていない。大愚と自分のことを称した良寛の真骨頂がここにあるといえる。
左に傾きかけたその形はのどかである。だが、縦長にウエストを締め気味に背勢で書かれた形は、決して愚鈍ではない。どこか理知的でもある。
空を舞っている凧の中に真っ白な凧を見て「天上大風」と書いてあげた、というエピソードは子供好きの良寛の優しさを端的に表している。

天の一画を強い起筆で短く、そして二画目は長く、二つの線は間をたっぷりと取られた。左払いの三画目は一画目とは交差しないで、離れたところに筆をおろし、ゆったりとした呼吸で筆先は細めず、ふっと引き上げ右払いへと向かう。静かに筆先でさわり、のどかに軽く筆圧をかけ、その圧力を水平に保ちながら運び、払いのところで無造作に横に祓い、ふっと筆を上げ上へと向かう。力の充実した短い横画を引き、筆はやや逆入しながら縦画の起筆をしっかりと打ち、揺れながら動き横画の起筆を力強く打ち込む。刻むように、だが軽やかに線を引く。横線から頭を長く出しながら、左払いを悠々と引き右払いの最終のところで方向を変えそのまますっと筆を抜く。そして最後の風。この形の微妙なおかしさは、どんな風よりもかっこいい。下手上手の最たるもので最後の二画の収まりは絶妙。

後で本を見たら随分勝手なことを書いている、一興なのでこのままにする。
by mteisi | 2009-01-24 21:59 | 歴史的な作家と書
2009年1月22日
良寛六曲一双屏風

書の面白さを、言葉だけで伝えることが出来るか試してみたい。
それも歴史的な人物の書を紹介しながら進めたいのだが。

初回は良寛「草書六曲一双屏風」。

書人の中では良寛は世間に知られている方なので、ああ、と思われる方も多いだろう。
だがこの書の存在を知っている人は、そう多くはいない。
私の人生で一番感動を受けた書がこれだ。

今から37年くらい前の東京国立博物館でのこと。
都美術での帰りには、いつも博物館に立ち寄っていた。
博物館の入り口付近には漢代の石に刻まれた壁画、画像石と呼ぶが、
大きなみごとな石の壁が並んでおり、その拓本擦れした黒光りする石の彫刻は、
悠久の時の流れを刻み込んであたりを圧倒していた。
各部屋には美術工芸の様々なジャンルの作品達は、
どの一つをとっても時代を背負った存在感を漂わせている。

すごい作品の数に少々疲れ気味で入った一室だったが、
入った瞬間、奥の方に不思議な雰囲気を感じた。近づいてみると良寛の書。
ほとんど読むことが出来ない草書作品だが、その時意味は必要なかった。
書があるだけでよかった。
書でここまで表現できるのか、と思った。
by mteisi | 2009-01-22 22:11 | 歴史的な作家と書
2009年1月10日
静の字に争うが

静かなはずなのに何故だろう。

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青は丹青の色で腐敗を防ぐ力があり、古くから神明のことに使われていた。
下の月の形は丹で丹井の形。丹井は井戸状にして丹青や丹朱採っていたのでその形がある。
争は爭とも書き、爪の形の上の手と又の形の下の手で棒を取り合っている形。

金文で書かれて静の中の爭は取り合うのではなく、耒(すき)の上と下を持って祓(はら)っている形。
そしてもう一つの静は片手で三つ叉の耒を持って、祝詞を入れた口(さい)を置いた形。

また、耒を手に持つ形は力の字となり、口(さい)と合わせて加になっている。
加はもと耜(すき)を清めて生産力を高める儀礼をいった。

静は青く塗った耒を手に持って修祓する様子を表した農耕に関する字。
しずかや、やすらかな、という安寧の意味は耒を修祓する儀礼からその意が導かれている。

白川静「字統」を参考にした。
by mteisi | 2009-01-10 19:24 | 語源で遊ぶ
2009年1月5日
表現する

美しく飾りたい。
これは学ぶのではなく、本能だと感じている。

描くことは本能だろうか、学ぶのだろうか、よく分からない。
絵を描いて楽しむことが出来たらいい、と思っている人は多い。
才能ないから描けないという人も結構多い。

才能には関係なく、勝手に無能の烙印を押していることは、ご存じだろうか。
書もそうだが、評価のあり方がおかしい。
5点を10人もつけたらいけないし、1点を必ずつけなくてはいけない。
5段階に分けられた率で振り分けなくてはならない。
この被害にあった人は多い。
3・2・1の評価をもらった人はよほど環境がよくない限り、
縁を切ってしまうだろう。
こんな評価しか出来ないのなら教育をしない方がいい。

本当は人の評価とは関係なく、楽しさは見つけることはできる。
色んな感性を持った人が、それぞれのつきあい方で、
書や絵とつきあって欲しい。
すると、もっと面白い世界が出来るだろう。
上手下手とは違う、自分の視点を持つといい。

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絵を描いたり、文を作って楽しむことが出来る。
安部栞ちゃん4年生

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字の中にも一杯模様が散らばっている。
どんな世界を作っていくのか楽しみである。
by mteisi | 2009-01-05 22:24 | 児童の指導
2009年1月4日
呑気に楽しく

天真爛漫に書いている子供の字はすごい。
どこから見ても魅力が満載。
ところが約束事を教えなければならない。
それが難しかった。

上手に書くための筆使いを指導しようと思っていた。
これはのんびりでは難しかった。
ところが、字に興味を持たせることに気がついた。
そこから指導が楽になった。
読めること、書けること、書体を知ること、上手になること。
上手になることを最後に置くと、
指導が面白くなってきた。

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熱心に好き勝手に書いている。

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どんなにでも上手になる子。この大らかさがいいから時間をかけている。
暮れから、隷書の西狹頌を小筆で臨書している。
by mteisi | 2009-01-04 20:10 | 児童の指導
2009年1月1日
雪花舞

窓の外を見ると牡丹雪が降っている。
そしてみるみる積もっていった。

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そうだ、賀状は「雪花舞う」にしよう。
これが新年のご挨拶。

毎年元旦から、来た賀状に返事を書くことにしている。
半分くらい書き終えたところ。

ずっと新しさを求めて、西暦で年号を書いていたが。
東洋の文化を見直すということで、十干十二支の干支(えと)で書いてみた。
キチュウ、つちのとうし年、それも金文で。

己は「キ・おのれ・つちのと」と読む。形は矩(く)という定規に似た器で、
角度などを定める工具の形。
丑は「チュウ・うし」と読み、爪を立てる・かたくもつの意味がある。
指先を曲げる手の形を表している。
元は「ゲン・ガン・かしら・もと・はじめ」とよむ。
人の首の部分を丸く大きな形で示した人の全身形で、首を表し、元首という。
旦は「タン・よあけ・あさ」と読む。
金文の字形では雲の上に日が半ば姿をあらわした形。

今年も書のことを中心に、色々と書き込んでみたいと思っている。
by mteisi | 2009-01-01 17:29 | 自作の書