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開通褒斜道刻石
目を細めないと文字が見えてこない。
まるで色盲検査の絵のようだ。
風雨によって摩滅した石刻である。
だがそこに魅力を感じる人も多い。
画家井上三綱は、襖絵か屏風だったか六曲二双くらいの大作を、
この磨崖文字を素材にして絵にしていた。
書家が表そうとしないところを魅力的に表現していた。

一般には、綺麗な形以外の書の楽しみ方を知る機会はとても少ない。
誰もが受ける小学校教育では楷書以外はほとんど見せていない。
書の魅力を興味深く語る文章にもなかなか出会わない。
書に関する現代人の視野と意識が書写教育の楷書に収まってしまい、
そこから広がりを持てないでいる。
というより、書に興味を持たれていない気がする。

上手の範疇から遠いところにある「開通褒斜道刻石」。
崖に直接刻み込んでいるから、字の大きさも不揃い。
だが一字一字が四角形に収まっているので、のんびりと安定している。
開通の二文字、締まりのない形が忘れられない。
萬の字もどうしたんだと叫びたくなる。
象を手で使っている形からできた大きな爲。
真四角な空。どの字も可笑しい。
底抜けの豊かさが楽しめる。

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拓本風に画面を汚してに臨書してみた。
by mteisi | 2009-04-21 00:34 | 歴史的な作家と書
隷書
隷書という書体は表情もさまざまでとても面白い。
たとえば金文・甲骨の魅力はその絵画性のもつ表情の面白さで、
結体の有りようによって面白さが増幅されることは少ない。
誰がどのように書こうとそのもっている空気はそんなに変わることはない。
ところが隷書となると結体の有りようによって千変万化する。
一般的に目にする隷書は「曹全碑」であろう。
流美な華麗さをもち、拓本も摩滅が少なく明確さもあって初めて書く人学ばせる。
そのためでもあろう、隷書の典型として記憶されることが多い。
隷書の特徴ともいえる、横画の終わりを払う波磔も華麗にのびている。

水平で垂直に書く隷書にはのんびりとした間の抜けたものも多い。
私はそういう隷書に魅力を感じている。
以前紹介した「三老諱字忌日記」や「開通褒斜道刻石」など魅力的なものが多い。
これから気になる隷書をしばらく紹介してみたい。
by mteisi | 2009-04-16 22:28 | 歴史的な作家と書
藤原定家「近代秀歌」
定家は相当面白い人のようだ。とにかく精力的に字を書いている。
日記「明月記」には漢文調で、日々の暮らしを書き綴っており仕事ぶりがよく窺える。
書写本だけでも世に知られている「土佐日記」「更級日記」「源氏物語」「古今和歌集」等々、
数え上げればきりがない。厖大な量である。これだけ書けば上手くなるもの当然というものだが、
そうではないのもまた面白い。
自分でも悪筆といっているようだが、後の評価もそのようなものが見られる。
小松茂美氏監修・世界文化社の「書体別 日本の書」は書を美しく見せている素晴らしい本だが、
解説者の詩人北村太郎氏により下手な書であると紹介されている。
・・・また歌が、平凡に見えて、こわい歌である。書もそのようであった。と結ばれていた。

定家が悪筆だといっているのは、公家的な上手ではないといっているのであろう。
「明月記」のようすは、横画を強調して行間の粗密を際だたせており、
構図の妙を感じさせる。この表現法は茶道でも有名な遠州流の小堀遠州に受け継がれていく。
余白を際だたせる表現は時を超える美の感性を感じさせる。
一方「土佐日記」「更級日記」「近代秀歌」などは全体にばらっとまき散らした、
単調な上下動を感じさせる書きぶりは、これはこれで、緊張感のある理知的な魅力を感じる。

「近代秀歌」は定家が実朝に与えた歌論書だが、その書を見て読んだことがあった。
吉本隆明の「五十度の講演」に出てくる「実朝論」の中で、定家が実朝に指導した本歌取りのことや、
実朝の歌についての話を聞いて、違う見方に気づかされた。
一つの書を見るにもさまざまな見方があり、私の見方は造形に主眼があったことに、
最近しきりに反省させられている。
稜線がゆるやかな審美眼があってもいいのでなないかと、思ったりもしている。

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中学生の樋口芙美ちゃんの作品。

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これを書いたときは書くだけだったが、今は読むことを大切に学ばせている。
by mteisi | 2009-04-02 15:24 | 書について