萬葉集614
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山葉 左佐良榎壯子 天原 門度光 見良久之好藻
山の葉の ささらえ壯子 天の原 門渡る光 見らくしよしも
 右一首歌或云月別曰佐散良衣壯士也。縁此辭作此歌
豊前國娘子月歌一首 娘子字曰大宅姓氏未詳也
雲隱 去方乎無跡 吾戀 月哉君之 欲見爲流
雲隱り 行方を無みと 吾が戀ふる 月をや君が 見まくほりする 

澤瀉久孝著「万葉集注釈」6より
# by mteisi | 2017-03-21 07:58 | 萬葉集
孔子224
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十一
子曰、貧而無怨難、富而無驕易、
子の曰わく、貧しくして怨むこと無きは難く、富みて驕ること無きは易し。
先生がいわれた、「貧乏でいて怨むことのないのはむつかしいが、金持ちでいていばらないのはやさしい。

十二
子曰、孟公綽爲趙魏老則優、不可以爲滕薛大夫也、
子の曰わく、孟公綽、趙魏の老と為れば、則ち優。以て滕薛の大夫と為すべからず。
先生がいわれた、「孟公綽は、趙や魏の[ような大家でも一家の]家老となる十分だが、滕や薛の[ような小国でも一国の]大夫(政治をとる役)にすることなできない。」
# by mteisi | 2017-03-21 07:48 | 孔子
朝歌3月20日
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くもあやしおおぞらわたりみればつき

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雲彩妙韻見者有月
# by mteisi | 2017-03-20 08:10 | 朝歌
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セイ きる・おさえる・つくる
会意
未と刀とからなる。
未は枝葉の茂る木の形。
その枝葉を刀で切りそろえるを制という。
# by mteisi | 2017-03-20 08:07 | 語源で遊ぶ
萬葉集613
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大伴坂上郎女月歌三首
獦高乃 高圓山乎 高弥鴨 出來月乃 遲將光
獦高の 高圓山を 高みかも 出で來る月の 遅く照るらむ
烏玉乃 夜霧立而 不清 照有月夜乃 見者悲紗
ぬばたまの 夜霧の立ちて おほほしく 照れる月夜の 見ればかなしも

澤瀉久孝著「万葉集注釈」6より
# by mteisi | 2017-03-20 08:04 | 萬葉集
孔子223
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或問子産、子曰、惠人也、問子西、曰、彼哉、彼哉、問管仲、曰、人也、奪伯氏駢邑三百、飯疏食、沒齒無怨言、

或るひと子産を問う。子の曰わく、惠人なり。子西を問う。曰わく、彼れをや、彼れをや。管仲を問う。曰わく、[この]人や、伯氏の駢邑三百を奪い、疏食を飯いて、齒を沒するまで怨言なし。

ある人が[鄭の]子産のことをたずねると、先生は「恵みの深い人です。」といわれた。[楚の]子西のことをたずねると、「あの人か、あの人か。(語るまでもない。)」といわれた。[斉の]管仲のことをたずねると、「この人は伯氏から三百の駢を取りあげたのだが、伯氏は粗末な飯をたべながら、生涯うらみごとをいわなかった[心服させたのですよ。]」といわれた。
# by mteisi | 2017-03-20 07:57 | 孔子
朝歌3月19日
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くものかわながるるそらのつきのあや

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雲川流然靑中月才
# by mteisi | 2017-03-19 08:40 | 朝歌
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サイ・ザイ ある・はたらき・わずか
象形
標木として樹てた木につけたもので、
榜示用の木の形。
その縦横の交わるところには、
祝禱を収める器の形である口・サイを「つける。
サイはときに小さな点で示されることもあるが、
お札をつけた形とみてよい。
神聖なところに表示としてこれを立てた。
# by mteisi | 2017-03-19 08:37 | 語源で遊ぶ
萬葉集612
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大伴坂上郎女与姪家持從佐保還歸西宅歌一首
吾背子我 著衣薄 佐保風者 疾莫吹 及家左右
吾が背子が 著る衣薄し 佐保風は いたくな吹きそ 家に至まで

安倍朝臣蟲麻呂月歌一首
雨隱 三笠乃山乎 高御香裳 月乃不出來 夜者更降管
雨隱る 三笠の山を 高みかも 月の出で來ぬ 夜はふけにつゝ

澤瀉久孝著「万葉集注釈」6より
# by mteisi | 2017-03-19 08:30 | 萬葉集
孔子222
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子曰、君子而不仁者有矣夫、未有小人而仁者也、
子の曰わくい、君子にして不仁なる者あらんか。未だ小人にして仁なる者あらざるなり。
先生がいわれた、「君子であっても仁でない人はあるだろうね。だが、小人なのに仁だという人はいない。」


子曰、愛之能勿勞乎、忠焉能勿誨乎、
子の曰わく、これを愛して能く勞すること勿からんや。忠にして能く誨うること勿からんや。
先生がいわれた、「[人を]愛するからにははげまさないでおれようか。[人に]誠実であるからには教えないでおれようか。」


子曰、爲命卑諶草創之、世叔討論之、行人子羽脩飾之、東里子産潤色之、
子の曰わく、命を爲るに卑諶これを草創し、世叔これを討論し、行人子羽これを脩飾し、東里の子産これを潤色す。
先生がいわれた、「[鄭の国の外交文書は大変すぐれていて、落ちどがなかった。]命令を作るときには、卑諶が草稿を作り、世叔が検討し、外交官の子羽が添削し、東里にいた子産が色づけをした[からだ]。」
# by mteisi | 2017-03-19 08:20 | 孔子