2008年10月27日


書展「一瞬」が終わった。
今回はより攻撃的に書展を遂行しようと考えた。
どうすれば多くの方が足を運んでくれるか、しっかり考え、積極的に手を打った。
季刊冊子「才」を展覧会前に制作したのも、その一つ。
果たしてどれだけ効果があったのか、数で考えれば大いに成果があったようだ。
去年が1200名今年が1300名。
前回は「アートをたずねる月」のスタンプ交換の方たちが、100名くらいはあった。
今年は参加しなかったので、実数としては200増で予想外の数だった。

私自身、会場に見えた方々に冊子を渡しながら、お話をするように心掛けた。
今までは話しかけてくる方とだけ話していたので、知らない方と話すことはあまりなかった。
いやあ、
心強い言葉を沢山いただいた。
そして、とても楽しんでいただいた。

私の「一」快心とまではいかない。まあよしとした。
1998年に一度書いて、これが二度目。
いずれまた、書いて見たい。
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# by mteisi | 2008-10-27 21:08 | 自作の書
2008年10月23日
ブリキの花入れ

手前味噌だが茶室の評判がいい。多くの方がお茶を飲んでくれている。

書はといえば、一人ひとりそれぞれ違って楽しい、との言葉をいただく。
でも、基本が出来ないとこんなふうに書いてはいけないと思ってある。
云われる意味は分かるが、それは間違っている。
手本に頼る書道教育の悪癖だろう。
真剣に古典を見、真剣に自分勝手に書けば、どうにかなる。

書は楽しく学びたい。
子ども達が作った手製本を見て、楽しそうというご意見をいただく。うれしいことだ。
だが、実際はそうとばかりはいえないかもしれない。
眉をしかめられるような書が多いことも確かだ。
私の教室の様子を見られると、子どもを預けるのに躊躇されるかもしれない。

ところで、ブリキの花入れ。
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お茶の枝を入れてみた。アクロスの紋章

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ブリキ板を折り曲げて、溶接で穴をあけただけ。切った竹を中に入れて、草花を活けてみた。

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S字に曲げただけ。黒く見えるのは炎が当たった煤のあと。稲は山の棚田で取れた稲
# by mteisi | 2008-10-23 21:04 | 展覧会
2008年10月22日
「一瞬」二日目

初日の朝会場に入ると、花がしおれていた。あわてて入れ替え。
山から切ってきた栗や山イチジクも、はっぱがくしゃくしゃ。
花は水揚げのことを知っておかないと、毎朝大忙しだ。
今日も花を持って会場へ。
花といってもたいしたものは無い。近所の空き地の水引草と猫じゃらし。

展覧会の評判はとてもいい。
ブリキの花入れも効果的で、花を選ばない。
「アクロス庵」も面白がってくれている。
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看板とブリキの花入れ。

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お茶と書をのんびり味わってもらう。

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こうしてみるとどうってないブリキ板。
# by mteisi | 2008-10-23 00:25 | 展覧会
2008年10月20日
書展「一瞬」飾り付け

毎年新たな感覚の展覧会をと考えている。

第何回福岡書芸院展では、新たなものをという意欲が湧きにくい。
そのつどタイトルを考えてきた。
最初は「響」次が 「書のある風景inアクロス」「刻む 2000展」「淡遠inアクロス」「artな書展・John Grahamと共に」「書展 of Fukuoka Syogeiin」「布と書とwith 中本扶佐子」「かな仮名Kana」「神無月の書」「古今」「楽我喜」「もじMoji」そして今回の「一瞬」。
こうして福岡書芸院展を並べてみると、その時々に求めてきた思いが蘇ってくる。

茶室を「acros庵」とした。亜の字の中に十字架を書いてアクロス。とてもとても遠い当て字。
今、書芸院の方針としてはこの遊びが旬なのだが、みんなののりは今一か。
鉄の棒と番線で形を作り「風花山叢」を壁代わりに垂らしてみた。
椅子はアフリカのもの2点と村上さんの木と鉄で出来た椅子を置いてみた。
居心地はどうか、明日が楽しみ。
ずっとは大変なので午後2時から4時まで2時間だけ、お茶を無料で提供する。

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アフリカのものは以前から気になっていて、少しずつ蒐集していた。

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今回は陰出しのみ、次回の書展「風花山叢」ではお手前のスペースも作りたいと思っている。
# by mteisi | 2008-10-20 21:33 | 展覧会
2008年10月19日
秋祭りに遭遇

明日の書展の花のことで頭が一杯。

花を取りにわが棚田へ。
ところが、ぼんやりインターを過ぎてしまった。
次のインターでUターン。
またまた今度は早く降りすぎてしまった。
いつもの道に入ろうとすると、通行止め。
祭りの行列が始まったばかり、2時間くらいかかるという。
道を教えてもらって左折すると、なんとこちらがいつもの道。
こんなの初めて。

お陰で古式床しき祭りに出会えた。
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逆光の中行列は神社へと進んでいく。

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堂々とした書。個性的ではないが、存在感がある。

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山への入口が小松の部落。その入口に桜の木と旗が立つ。

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大興善寺の入口の階段脇にも立派な旗。風の悪戯、裏を見せ。書もなかなかいいもんだ。
この階段の左側を通って棚田へと。
# by mteisi | 2008-10-20 00:59 | 歴史的な作家と書
2008年10月15日
待望の稲刈り

やっと稲刈りが実現。
2年前は収穫寸前に猪が入り、防ぐ手立てが間に合わなくて、連日入られ丸裸になった。
次の年は田圃や土手が陥没して、その補修に追われて実現せず。
ついに待ちに待った稲刈りだった。

夏は稗取の毎日。
完全に防げるだろうと思われる狭さに、田植えしたのでどうにかやり遂げたが、
広く田植えをしていたら半分以上は稗田にしたかもしれない。
それでも、相当稗が混じっていた。
稗退治の方法も分かったし、来年はもっと広く作って見よう。
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どうにか黄金色の穂を付けた。

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娘と家内と私で息子は撮影。

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こんなに長くなると思わなかったので、途中竹を切りに行った。
# by mteisi | 2008-10-15 23:21 | 野良しごと
2008年10月13日
「KURASHIの中の美」最終日

会場に行ったら、森君と成一が話していた。
どうやらDMの相談らしい。
東京で個展をやるそうだ。
森君の「ガラクトーイ」はとても魅力的。
この世界がどんどん広がるといい。
木っ端で作る玩具のような彫刻で、
始めた見た時は鳥肌が立った。
さて、
木屑の中からガラクトーイを見せたいらしいが、
どんなDMが出来るものやら
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# by mteisi | 2008-10-13 22:10 | 展覧会
2008年10月12日
寸時舎でブリキで焚き火

ジメジメと憂鬱だった、この前とは大違い。
とても気持ちいい晴れの日だった。

ブリキを焼くと油分が飛んで、マットなグレーがとてもいい感じになる。
木をどんどんくべて、炎も元気がいい。
最初は油がにじみ出てきて、段々白っぽいグレーになっていく。
顔を近づけて炎を動かしていたら、風向きが変わってカッと火が飛んできた。
気がつくと、前髪が焦げていた。
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# by mteisi | 2008-10-12 22:05 | 手仕事
2008年10月11日
ブリキの花入れ

書展「一瞬」の会場に花を飾るのだが、今回は金属の花入れ。
そこで、電気溶接で模様をつけたりして作ってみた。
ボリュームのあるものも作ってみたいので、
明日ブリキを焼きに寸時舎へ行こう。
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# by mteisi | 2008-10-11 21:09 | 手仕事
2008年10月10日
顔真卿は面白い

顔真卿王羲之と双璧の存在。羲之の典型的な貴族の代表に対し、野趣味ある創造的表現者の代表として肩を並べている。
唐も晩唐になると、能書家は貴族的なすました書にあきたらなくなり、新しい表現を模索する。
秦(始皇帝)の時代の篆書を学ぶのが流行ったりしている。古きに新しさを見出そうとするのは、常道というか、それしかないのであろう。
あるいは他の国からやってくる、というのは日本でよくあることのようだが、それも新しいのかもしれない。
顔真卿の行書は楼蘭で発掘された、晋代の李伯文書や草章木簡に雰囲気が似ている。それから、正倉院の万葉仮名文書もそんな空気がある。
もしかすると底流で流れている字は、書きやすい右回転の丸字形(草章木簡の特徴でもある)が生きていたのではないだろうか。日本で発掘されている木簡もそんな字が多い。
顔真卿のダイナミックな表現は、後世の独創的表現者にとって魅力的な存在だったようだ。
写真の祭姪稿や争座位稿は行書の至宝だが、どちらも下書き原稿で清書は残されていない。美を表現しようとして書くものではなく、ただ書いたものが率意の書といって、とても喜ばれる。これらは王羲之の蘭亭序と並んでその代表的なもの。

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私が臨書した祭姪稿。とても木簡の様には見えない。
# by mteisi | 2008-10-10 23:22 | 歴史的な作家と書