古今和歌集65
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をりとらば をしげにもあるか 桜花
いざやどかりて ちるまでは見む

桜の花は折りとるならば、惜しそうに思われることであるよ。
さここに宿をかりて、散るまではながめよう。
# by mteisi | 2010-06-30 23:35 | 古今和歌集
古今和歌集64
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題しらず
   よみ人しらず

ちりぬれば こふれどしるし なき物を
けふこそさくら をらばをりてめ

散ってしまったならば、いくら恋い慕ってもかいはないのであるから、
今日こそ桜の花を折るならば折ってしまおう。
# by mteisi | 2010-06-29 20:03 | 古今和歌集
田植え
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10:00出発。
毎年恒例の家族で田植えの日。
今年で4回目、もう慣れたものである。
天気予報が美事に当たり土砂降りの中での作業となった。
去年は弁当を作って昼の食事を楽しんだが、
雨と云うことでホカ弁。

雨宿りの場所もなく寸時舎へ行くことに。
ところが杉の大木が道を塞いでいた。
遠回りして行くのも面倒ということで、
味気なく車の中での昼食となった。
なんともまずい弁当だった。

食後の作業は1時間くらいですんだ。
田植え完了ではなく、
昨日苗取りをした分がなくなってしまった。
土砂降りの中苗取りをして、田植えを実行する気力もなく、
今日はここで終了。
15:00丁度だった。
明日から何日かかけて一人でボチボチ植えることになる。
# by mteisi | 2010-06-28 17:35 | 野良しごと
古今和歌集63
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返し
  なりひらの朝臣

けふこずは あすは雪とぞ ふりなまし
きえずはありとも 花と見ましや

今日来たからよいが、もし今日来なかったならば、明日は雪となって散ってしまうものを。
もし消えないでいたとしても、それを花と見ることができようか。
# by mteisi | 2010-06-27 21:18 | 古今和歌集
古今和歌集62
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さくらの花のさかりに、ひさしくとはざりける人のきたりける時によみける
   よみ人しらず

あだなりと なにこそたてれ 桜花
年にまれなる 人もまちけり

桜の花盛りに、長い間訪れなかった人がたずねてきた折によんだ歌。

桜の花ははかなく散るので薄情であるとの評判があるが、
その花でも一年に何度も来られないあなたのおいでを待っていたのであるよ。
# by mteisi | 2010-06-26 21:30 | 古今和歌集
古今和歌集61
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やよひにうるふ月ありける年よみける
   伊勢

さくら花 春くははれる 年だにも
人の心に あかれやはせぬ

閏(うるう)三月のあった年によんだ歌。

桜花よ、今年のように春の日数がふえている年だけでも、
せめて、人々の心にもう十分であると思われるように、
しないのであろうか。
# by mteisi | 2010-06-25 21:14 | 古今和歌集
柳宗悦「茶と美」
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 柳宗悦選集第六巻の「茶と美」を久し振りに手に取った。若い頃夢中になって読んだもので、私の書はこの「茶と美」によって方向が与えられたといえる。開いてみると、また胸がときめいてきた。
 アクロスでの「風花山叢」でお茶と花と共に楽しむことができた。とても好評で有意義な実験だった。これからの活動に積極的に取り入れていこうと考えている。多くの人が待ち望むイベントへと進化させていきたい。それでお茶のことを自分なりに考えてみようと思い、「茶と美」を手に取ってみた。冒頭に利休や初期の茶人の魅力を宗悦の目で語っていた。悠々とした爽やかな語調はぐいぐいと私を引っ張っていく。美を生みだす茶人の目の美事さを語るところは、そうだそうだと読み進んでいたが、用の美を説くところで止まってしまった。
 それは『而も見ただけではない。見ることで終わったのではない。只見ることだけでは見盡くしたとは云へぬ。彼等は進んで用ゐたのである。用ゐないわけには行かなかったのである。用ゐたが故に見得たのである。用ゐずば見了ることがないとも云える。なぜなら、よく用ゐられる時ほど物の美しさが冴える時はないからである。よく見たくば、よく用ゐねばならぬ。美を只眼で見、頭で考えるより、進んで體で受けた。言い得るなら行ひで見たと、そう云はう。「茶」は只の鑑賞とは違ふ。生活で美を味はふのが眞の「茶」である。眼先で見るだけでは「茶」にならぬ。』というところである。
 私は日頃お茶を飲みもしないのに蒐集した道具を見せたいばかりに、茶を楽しむ会を催してなにも疑問を持たずに平気な顔をしていたのである。こうなると本を読むどころではなくなった。その日から午後のティータイムは抹茶を飲むようにした。思えば「常用体」も宗悦の説く「用の美」に心打たれてひねり出した言葉である。普段使いの書にこそ真実が反映するという思いをこめていたのである。そのことは肝に銘じて暮らしていたのだが、いつの間にか傲慢な油断が生まれていたようだ。自分が身に付けた物を如何に日常に生かすか、これは日常性を余り問題にしない芸術にとっては無視できる言葉かもしれないが、私は芸術にとっても本質をついた言葉だと確信しいている。
 日日用いる書にこそ眞は宿るし、日日飲んでこそのお茶である。
# by mteisi | 2010-06-24 17:35 | 手仕事
古今和歌集60
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寛平の御時ききさいの宮の歌合のうた
   とものり

み吉野の 山べにさける さくら花
雪かとのみぞ あやまたれける

吉野山のほとりに咲いているあの桜の花は、
雪ではないかとばかり、つい見まちがえられたことであるよ。
# by mteisi | 2010-06-23 23:47 | 古今和歌集
古今和歌集59
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「歌たてまつれ」とおほせられし時によみたてまつれる

桜花 さきにけらしな あしびきの
山のかひより 見ゆる白雲

天皇が「歌を奉れ」とおほせられた時によんで奉った歌。

桜の花が咲いたらしいよ、山あいから白雲が見えるが、
あれはまさに桜の花であろう。

仮名だけでなく漢字も混ぜてみた。
よは誤字。「かひ」を「かよひ」と思ってしまった。
# by mteisi | 2010-06-22 18:10 | 古今和歌集
古今和歌集58
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をれるさくらを読める
   つらゆき

たれしかも とめておりつる 春霞
たちかくすらむ 山のさくらを

折とってある桜の花をよんだ歌。

だれがまあ、尋ねもとめて行って、折り取ったのであろうか。
春霞が一面立ちこめて隠していたであろう山の桜の花をば。
# by mteisi | 2010-06-21 11:50 | 古今和歌集