石門頌
司隷校尉楊孟文石門頌(しれいこういようもうぶんせきもんしょう)これが正式名称。
司隷校尉は役職名、楊孟文が人の名、石門は關中から漢中に出る褒斜道の南端に位置する。
この頌は先に紹介した開通褒斜道刻石で開通した褒斜道が不通になったので、
楊孟文が修復して開通させたことを頌えたものである。
位置関係は分からないが近くにあるらしい。

開通褒斜道刻石と似通ったところがあるのはこの地方が持つ風土から生まれた感性であろうか。
開通褒斜道刻石の不揃いの方形を、城壁の様に組み合わせた愉快などこか窮屈な稚拙感に対し、
広々と伸びていく線状の空気は、全く異質のものと感じられる。
この堂々と雄大に歌いあげる書は他に例を見ない。
大らか書を今見て、子供達にこの空気を味合わせなければと、
痛切に感じている。
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by mteisi | 2009-05-07 11:02 | 歴史的な作家と書


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