清代の伊秉綬(いへいじゅ)は王羲之の影響をほとんど受けない造形で表現を楽しんでいる。希有な存在だろう。隷書の表現も一風変わっている。躍動感がほとんどない運筆は、小刻みだが大きなうねりを感じさせるような、揺れるようで重厚な変な線を引いている。
また行草作品もユニークだ。顔真卿の影響を受けているというが、顔法というよりも裵将軍の碑の、水平垂直の字形を隷意をもった楷書と、連綿の草体を混在させた表現を学んだように見える。紹介の作品は極端な連綿草は見られないが、一字目の華という字を篆書で書いているところなど、文字研究の面白さを大いに楽しんでいる。現代では金子鴎亭先生が近代詩文書で篆書と平仮名を同居させた作品を若い頃試みてあったが、篆書から草書まで混在させて遊ぶやり方は今の書壇では評価をもらえないのではなかろうか。
書体のさまざまを学んだ人は少ないだろう。その知識を中学生まで全員に伝えることが出来たら、文字教養のレベルが相当に高くなる。書を鑑賞して楽しむ人も増えることだろう。
伊墨卿ともいうが面白い人である。