二条のきさきのとう宮のみやすんどころときこえける時、
正月三日おまへにめしておほせごとあるあひだに日てりながら
雪かしらにふりかかるけるをよませ給ひける。
文屋(ふんやの)やすひで
春の日の ひかりにあたる 我なれど
かしらの雪と なるぞわびしき
二条の后がまだ東宮の御息所とよばれていたとき、
正月三日に私を御所に呼び出してお言葉を下される間に、
日は照っているのに、雪が頭上に降りかかっていた光景を
およませになった歌。
春に光が当たっている私だが、このように雪が降りかかり、
髪も白くなるのがわびしいことである。
これも前半を空け、一行目を左へわざと倒してみた。
古典の中にはほとんど見ることのない構図だが、
昭和の大坪藍海という書家が試みていて、気に入っていた。
左へ倒すのはタブーとされているので、現代の書家で試みるものは
ほとんどいないだろう。
芸術にタブーはない。面白いと思うことを試みていい。
そこに遊びが生まれ、興が湧いてくる