老子第三十四章
c0169176_625142.jpg

大道汎兮、其可左右。萬物恃之而生而不辭。功成不名有。
・・・・・
以其終不自爲大、故能成其大。

大道は氾(はん)として、其れ左右す可(べ)し。
万物、之を恃(たの)みて生ずるも辞(じ)せず。
功成りて有を名のらず。
・・・・
(是を以て聖人の能く大を成すや、)
其の終に自ら大と為らざるを以て、
故に能く其の大を成す。

大道は、あふれ出た水のように、左にも右にも行きわたる。
あらゆる物は道を頼りに生まれるが、道はそれらの自生に任せるだけであり、
造化の働きが成しとげられても、自分の所有だと言うわけではない。
・・・・
そういうわけで聖人が大なるものとなりうるのは、
そもそもいつも自分から大とはしないから、
だから大なるものとなりうるのだ。

柳宗悦の「心偈」に「聖イイツル棄テヨト」
というのがある。
何でも捨ててしまおう。
あとで、後悔もするが。
by mteisi | 2012-02-10 06:31 | 老子


<< 古今和歌集616      雪 >>