イタリア旅行Part2
c0169176_1732512.jpg
アスコリピチェーノからローマへの山並みの景色。
旅行中は珍しく雨がよく降り霞んでいる。
こんなことはイタリアでは珍しいそう。
れいはさんは雨女で雨がついて回るらしい。

c0169176_17371768.jpg
のどかな佇まい。

c0169176_1740624.jpg
山の寺院。

c0169176_17405814.jpg
天井が高い。

c0169176_174438.jpg
ローマの街中。

c0169176_17443495.jpg
観光スポットで遭遇。空中浮遊の仕掛けがわからない。

c0169176_17511828.jpg
熊井さんとれいはさん。まん中の女性が案内してくれた。

c0169176_17514946.jpg
ピザ屋で昼食。

c0169176_17533313.jpg
現代美術館の中。

c0169176_17534386.jpg
新しい建築の代表の一つ。

c0169176_17573282.jpg
これは音楽堂。

c0169176_17581580.jpg
コガネムシをイメージしたもの。鉛の板を貼り合わせて作っている。
同じコガネムシが三つ作られていて、巨大な音楽堂。

c0169176_18452925.jpg
ドマーニさんの居合いの披露。

c0169176_18461358.jpg
れいはさんの演奏。



私の写真はない。
勘違いをして持ってきたカメラの充電が切れていて、
一枚写したらお終いだった。
紹介した写真は熊井さんが写したものや、
私が借りて写したもの。
この時は熊井さんは通訳されていたので、
ないということ。

そこで、文章で紹介。
イタリアに来ての強い印象は熊井さんと
お弟子さんとの関係のあり方。
とても温かかった。
もちろん私達にも。

来る前に考えていたものを止めにして、
「Ciao」とアルファベット書き「チャオ」と片仮名で、
つづいて発音のにた当て字で「茶を」と書いて中国語で「喫茶去」と書いた。
イタリアにとってはアルファベットは普通の文字、
異文化でも神秘的でも芸術的でもないだろう。
だがその「Ciao」の中に芸術はあるといいたかった。
そして日本人にとっては「茶を」はどおってない。
だが仏の在処を尋ねた修行僧に「まあお茶でも飲んで行きなさい」
と答えた禅僧の「喫茶去」には何かありそうと思ってしまう。

そして私にとって大問題の「無」を紹介したいと思った。
甲骨文字・篆書・隷書・行書・草書で無を書いた。
草書は色々な形があるので、様々に書いてみた。

無とは中国の「老子」の言葉の無であること、
何もないことが大切で、何もするな、
賢くある必要は無いと説いたことを伝えた。
そして「無事」「無心」「無為」とかいた。

最後に「Ciao」は「日日是好日」毎日いい日「無事是貴人」無事は貴いと
同じであると。二つの言葉を大きな紙に書いた。
無は特別のことではなく、日頃常に傍にあるものだと思っている。
しかし、意図すると離れてしまい、操作することが難しい。
そんな「無」を「Ciao」と感じた今回の旅は、
とても有意義だった。

c0169176_19284717.jpg
ローマのみなさんと最後の晩餐。

イタリアは個人の国だと感じた。
そして日本は個人が管理されていると。
電車のドアに「手を挟まないように」ではなく
「落ちないように」と描いてあった。
by mteisi | 2013-10-20 19:41 | あそび


<< 曰      岑參 >>