荘子
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三之二
道悪乎徃而不存、言悪乎存而不可、道隱於小成、言隱於榮華、故有儒墨之昰非、以昰其所非而其所昰、欲昰其所非而非其所昰、則莫若以明、

道は悪(いず)くに徃くとして存せざらん、言は悪くに存すとして可(よ)からざらん。道は小成に隱(よ)り、言は榮華に隱る。故に儒墨の昰非ありて、以て其の非とする所を昰として其の昰とする所を非とす、其の非とする所を是として其の昰とする所を人せんと欲するは、則ち明を以(もち)うるに若くなし。

真実の道はどこにでも存在しているし、素朴な言葉はどんなばあいにも肯(う)けがわれる。道は小さいでき上がりにとらわれることから、[真偽を生み]、言葉ははなやかな修飾にとらわれることから[善し悪しを生んだ]。こうして儒家と墨家との善し悪しの輪が起こり、相手の悪しとすることを善しとし、相手の善しとすることを悪しとしている。相手の善しとすることを悪しと[して、論争に勝とうと]することを望むのは、真の明智を用いる立場には及びもつかない。
by mteisi | 2015-10-25 07:29 | 荘子


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