荘子65
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六之一
夫道未始有封、言未始有常、爲是而有診也、請言其畛、有左有右、有倫有義、有分有辯、有競有爭、此之謂八徳、六合之外聖人存而不論、六合之内聖人論而不議、

夫れ道は未だ始めより封あらず、言は未だ始めより常あらず。是れが為めにして畛(域)あり。請う其の畛を言わん。左あり右あり、倫(論)あり義(議)あり、分あり弁(別)あり、競あり争あり。此れをこれ八徳と謂う。六合の外は聖人は在りとするも論ぜず、六合の内は聖人は論ずるとも議せず。

いったい、道とはもともと[無限定で]境界分別を持たないものであり、言葉とはもともと一定した意味内容を持たないものである。こういうことからして[道を言葉によってあらわすとなると]対立差別がうまれることになる。その対立差別について述べてみよう。左があって右があり、論が立って議が起こり、分別があって区別があり、競りあいがあって争いがあるというのがそれで、これを八つの徳(—すなわち道を離れて得られたもの)と名づける。[そこで]この宇宙の外のことについては聖人はその存在を否定はしないが、それについて論を立てることはしない。また宇宙のことについては、聖人は論を立てても細かい議論はしない。
by mteisi | 2015-11-13 08:52 | 荘子


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