荘子207
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一之六
是之謂不以心揖道、不以人助天、是之謂眞人、若然者、其心忘、其容寂、其顙■(あつい)、凄然似秋、煖然似春、喜怒通四時、與物有宜、而莫知其極、

是をこれ心を以て道を揖(あやつ)らず、人は天を助けずと謂う。是れをこれ真人と謂う。然くの若き者は、其の心は忘れ、其の容は寂かに、其の額は、顙(あつ)し。凄然として秋に似、煖然として春に似て、喜怒は四時に通ず。物に与(おい)て宜しきを有ちて、其の極を知ることなし。

こういう境地を、「心の分別で自然の道理をゆがめることをせず、人のさかしらで自然の働きを助長することをしないもの」というのである。こうした境地にある者を真人というのだ。このような人は万事を忘れ、その姿は静寂そのもので、その額はゆたかに大きい。ひきしまった清清しさは秋のようであり、温かなやさしさは春のようであって、感情の動きは四季の移りゆきのよう[に自然]である。外界の事物の動きにつれて適切に応じ、それがいつまでも果てしなくつづいてゆくのだ。
by mteisi | 2016-04-02 08:05 | 荘子


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