荘子297
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一之四
而師曠是已、枝於仁者、擢徳塞性、以収名聲、使天下簧鼓以奉不及之法、非乎、而曾史是已、駢於辯者、

師曠の而きは是れのみ。仁に枝ある者は、徳を擢き性を塞ぎて、以て名声を収む。天下をして簧鼓して以て及ばざるの法を奉ぜしむるは、非なるかな。曾・史の而きは是れのみ。弁に駢ある者は、

師曠のような人物がそれである。仁の徳に過ぎたものは、本来の持ち前を根こそぎにして、自然な生まれつきをふさぎ止め、それによって名声を得ようとする。とても行えそうにもない規範を、笛や太鼓の鳴り物入りで世界中の人々に行わせようとするのこそ、よくないことだ。曾参や史鰌のような人物がそれである。弁説に過ぎたものは、
by mteisi | 2016-07-03 08:07 | 荘子


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