孔子68
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十九之二
崔子弑齊君、陳文子有馬十乗、棄而違之、至於他邦、則曰、猶吾大夫崔子也、違之、至一邦、則又曰、猶吾大夫崔子也、違之、何如、子曰、清矣、曰、仁矣乎、曰、未知、焉得仁、
崔子、斉の君を弑す。陳文子、馬十乗あり、棄ててこれを違る。他邦に至りて、則ち又た曰わく、猶お吾が大夫崔子がごときなりと。これを違る。一邦に至りて、則ち又曰わく、猶お吾が大夫崔子がごときなりと。これを違る。何如。子の曰わく、清し。曰わく、仁なりや。曰わく、未だ知ならず、焉んぞ仁になることを得ん。
崔子が斉の君を殺したとき、陳文子は四十頭の馬を持っていたが、それ[だけの地位]をすてて[斉の国を]たち去りました。よそに国に行きつくと、『やはりうちの家老の崔子と同じことだ。』といってそこを去り、別の国にゆくと、また『やはりうちの家老の崔子と同じことだ。』といってそこを去りました。いかがでしょうか。」先生はいわれた、「清潔だね。」「仁でしょうか。」というと、「智者ではない、どうして仁といえよう。」といわれた。
by mteisi | 2016-10-15 08:02 | 孔子


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