孔子103
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三十
陳子敗問、昭公知禮乎、孔子對曰、知禮、孔子退、揖巫馬期而進之曰、吾聞、君子不黨、君子亦黨乎、君取於呉、爲同姓謂之呉孟子、君而知禮、孰不知、巫馬期以告、子曰、丘也幸、苟有過、人必知之、
陳の司敗問う、昭公は礼を知れるか。孔子対えて曰わく、礼を知れり。孔子退く。巫馬期を揖してこれを進めて曰わく、吾れ聞く、君子は党せずと。君子も亦た党するか。君、呉を取れり。同性なるが為にこれを呉孟子と謂う。君にし礼を知らば、孰れか礼を知らざらん。巫馬期、以て告す。子の曰わく、丘や幸いなり、苟もく過ちあれば、人必ずこれを知る。
陳の国の司敗が「昭公は礼をわきまえておられましたか。」とたずねた。孔子は「礼をわきまえておられた。」と答えた。孔子が退出されると、[司敗は]巫馬期に会釈してから前に進ませていった、[わたしは君子は仲間びいきをするのですか。殿さま(昭公)は呉の国からめとられたが、同じ姓であるために夫仁のことを呉孟子とよばれた。[同じ姓の家からめとられるのは礼で禁ぜられているのにそれを破ったから、呉姫というところを姫の姓をさけてごまかしたのだ。]この殿さまが礼をわきまえていたとすると、礼をわきまえない人などおりましぃうか。]巫馬期がお知らせすると、先生はいわれた、「丘(このわたくし)はしあわせだ。もし過ちがあれば、人がきっと気づいてくれる。」
by mteisi | 2016-11-19 08:31 | 孔子


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