2016年 01月 11日 ( 4 )
朝歌1月11日
c0169176_819599.jpg

am7:35

c0169176_81913.jpg

うすねずにあおややまぜてすがしきを

c0169176_8185843.jpg

鼠空微青感受浄喜
by mteisi | 2016-01-11 08:20 | 朝歌
萬葉集182
c0169176_817306.jpg

飼飯海乃 庭好有之 茢 ■ (薦)乃 亂出所見 海人釣船
飼飯(けひ)の海の にはよくあらし 刈薦の 亂れ出づ見ゆ 海人の釣船
一本云
武庫乃海 船尒波有之 伊射里爲流 海部乃釣船 浪上從所見
武庫の海の 船にはあらし いぎりする 海人の釣船 浪の上ゆ見ゆ

澤瀉久孝著「万葉集注釈」3より
by mteisi | 2016-01-11 08:17 | 萬葉集
c0169176_882570.jpg

シュウ・キュウ におい・くさい
会意
旧字は臭に作り、
自と犬からなる。
自は鼻、
犬の鼻は臭覚が鋭いので、
犬の鼻で臭の字にするが、
今の常用字は犬を大にして、
大きい鼻にしてしまった。
臭・器・類は犬だったのを、
すべて大にしてしまった。
改革の大きな失敗が、
こういう形で現れている。
by mteisi | 2016-01-11 08:15 | 語源で遊ぶ
荘子123
c0169176_861536.jpg

一之二十
夫且不止、是之謂坐馳、夫徇耳目内通、而外於心知、鬼神將來舍、是萬物之化也、禹舜之所紐也、伏戲几蘧之所行終、而況散焉者乎、

夫れ且(は)た止まらず、是れをこれ坐馳と謂う。夫れ耳目に徇(したが)いて内に通じ、而して心知を外にすれば、鬼神も将に来たり舎らんとす。而るを況んや人をや。是れ万物の化なり。禹・舜の紐とせし所なり、伏戲・几蘧の行い終えし所なり。而るに況んや焉(こ)れより散なる者やと。

それなのになお心を静にできないというのは、それを坐馳(—すなわち体が坐っていても心が走りまわっている)と名づける。そもそも耳目の感覚が受けてえその心中に宿ることになるだろう。まして人々が慕い集まってくるのは、当然のことだ。これこそ万物を感化する道であって、禹や舜も根本原理としたことであり、伏戲や几蘧も終生実行したことである。それをましてや、これらの聖人賢者より劣った凡人では、なおさら守るべきことであろう。
by mteisi | 2016-01-11 08:06 | 荘子