2016年 04月 11日 ( 4 )
朝歌4月11日
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みあぐればきょうもきょうとてかすみぞら

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見空白霞日日日日
by mteisi | 2016-04-11 08:08 | 朝歌
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ヤク まつりのな
形声
■(示勺)が元の字。
勺に約(やく)の声がある。
夏の祭のこと。
by mteisi | 2016-04-11 08:03 | 語源で遊ぶ
萬葉273
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大伴宿祢駿河麻呂歌一首
一日尒波 千重浪敷尒 雖念 奈何其玉之 手二巻雖寸
一日には 千重浪しきに 思へども なぞその玉の 手にまき難き
大伴坂上郎女橘歌一首
橘乎 屋前尒殖生 立而居而 後雖悔 驗將有八方
橘を やどに植ゑ生し 立ちてゐて 後に悔ゆるとも 驗あらねやも

澤瀉久孝著「万葉集注釈」3より
by mteisi | 2016-04-11 07:57 | 萬葉集
荘子215
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二之三
與其誉堯而非桀也、不如兩忘而化其道、夫大塊載我以形、勞我以生、佚我以老、息我以死、故善吾生者、乃所以善吾死也、

その堯を誉めて桀を非らんよりは、両忘して道に化するに如かず。夫れ大塊我れを載するに形を以てし、故に吾が生を善しとする者は、乃ち吾が死を善しとする所以なり。

堯をを聖天子としてほめたたえ、桀を暴君としてそしるのよりは、ぢつらのことも忘れて絶対の道を一体になる方がまさっている。
 そもそも自然は、われわれを大地の上にのせるために肉体を与え、われわれを労働させるために生を与え、われわれを安楽にさせるために老年をもたらし、われわれを休息させるために死をもたらすのである。[生と死とはこのようにひとつづきのもの]だから、自分の生を善しと認めることは、つまりは自分の死をも善しとしたことになるのである。[生と死との分別にとらわれて死を厭うのは、正しくない。
by mteisi | 2016-04-11 07:40 | 荘子