2016年 05月 09日 ( 4 )
朝歌5月9日
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am6:00

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ねずぐものこいうすわけるあまおとと

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鼠雲分別濃淡雨聲
by mteisi | 2016-05-09 08:35 | 朝歌
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セイ いけにえ
形声
声符は生。
[説文]に「牛、完全なるなり」とあって、
祭祀に用いる犠牲をいう。
牲獣はその皮毛筋角の完全なものをえらび、
かつ卜ってその用否を定めた。
by mteisi | 2016-05-09 08:32 | 語源で遊ぶ
萬葉集301
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七年乙亥大伴坂上郎女悲嘆尼理願死去作歌一首 并短歌
𣑥角乃 新羅國從 人事乎 𠮷跡所聞而、問放流 親族兄弟 無國尒 渡來座而 大皇之 敷座國尒 内日指 京思美弥尒 里家者 佐渡尒雖在 何方尒 念鶏目鴨 都礼毛奈吉 佐保乃山邊尒 哭見成 慕來座而 布細乃 宅乎毛造 荒玉乃 年緒長久 住乍 座之物乎 生者 死云事尒 不免 物尒之有者 ■(馮の灬が廾)有之 人乃盡 草枕 客有間尒 佐保河乎 朝河渡 春日野乎 背向尒見乍 足氷木乃 山邊乎指而 晩闇跡 隱益去礼 將言爲便 將爲須敝不知尒 俳佪 直獨而 白細之 衣袖不干 嘆乍 吾泣涙 有間山 雲居輕引 雨尒零寸八
たくつのの 新羅の國ゆ 人言を よしと聞かして 問ひさくる 親族兄弟 無き國に 渡り来まして大君の しきます國に うち日さす 京しみみに 里家は さはにあれども いかさまに 思ひけめかも つれもなき 佐保の山邊に 泣く子なす 慕ひ來まして しきたへの 家をも造り あら玉の 年の緒長く 住まひつつ いまししものを 生けるもの 死ぬと云う事に まぬかれぬ ものにしあれば たのめりし 人のことごと 草枕 旅なるほどに 佐保川を 朝川渡り 春日野を 背向に見つつ あしひきの 山邊をさして ゆふ闇と 隠りましぬれ 云わむすべ せむすべ知らに たもとほり ただひとりして 白たへの ころもでほさず 嘆きつつ 吾が泣く涙 有間山 雲ゐたなびき 雨にふりきや

澤瀉久孝著「万葉集注釈」3より
by mteisi | 2016-05-09 08:26 | 萬葉集
荘子243
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六之二
三人相視而笑、莫逆於心、遂相與爲友、漠然有間、而子桑戸死、未葬、孔子聞止、使子貢往待事焉、或編曲、或鼓琴、相和而歌曰、

三人相い視て笑い、心に逆らうこと莫く、遂に相い与に友たり。莫然として間ありて、子桑戸死す。未だ葬らず。孔子これを聞き、子貢をして往きて事を待たしむ。或いは曲(むしろ)を編み、或いは琴を鼓し、相い和して歌いて曰わく、

三人はこういうと、顔を見あわせてにっこり笑い、心からうちとけて、そのまま互いに友だちとなった。何事もなく、しばらくの時が過ぎてから、子桑戸が死んだ。埋葬にならないうちに、孔子がそのことを聞いて、門人の子貢を手伝いにやせた。[ところが、孟子反と子琴張の二人は、]一人が蚕棚のすだれをあみ、一人が琴をひいいて、声をあわせて歌っていた。
by mteisi | 2016-05-09 07:57 | 荘子