玄中玄
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美美さんのところへいくと、熊谷守一の版画と書が並んでいた。
その一つに「玄中玄」と書かれた素朴な書があった。
この呼吸を一生懸命に真似した頃を思いながら、懐かしく見た。

「玄中玄」は黒の中の黒と理解した。
玄は糸を束にしてねじった形で、黒く染めた糸を表した字。
中は軍隊の中核で、旗がなびいている形。

「白中白」もいいなと思った。
個展に使おうかと思っている。
白は白骨化したドクロの形から出来ている。
# by mteisi | 2009-08-20 23:42 | 自作の書
日日艸取
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暑中見舞いを頂いたので、返事に印を作った。
このところ「風山叢」で稗取りの毎日。
そのことを「日日艸取」と印にしてみた。
艸は草の芽が出ている形からできている。

印は封泥(泥で封印すること)の拓本の様子を表現してみた。
篆・隷・楷書が同居した形になった。
# by mteisi | 2009-08-17 12:00 | 自作の書
鼎之鼎展
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冊子「SAI]2009年秋号の表紙の陶印「鼎之鼎展」を作った。
印稿とは違った鼎を使ったら少しのんびりとなった。

これから漢字遊びの陶印を沢山作っていこうと思っている。
「文言之興」では充実した印譜を見てもらいたい。

歴史的には「大功如拙」「国破在山河」「不識」
「日日是好日」と面白い言葉が多い。

だが、漢字の組み合わせで、自分のイメージを作ってみようと思っている。
# by mteisi | 2009-08-16 18:36 | 自作の書
じゆうであることのまなび
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「じゆうであることのまなび」は自作の座右の銘。
仮名にスポット当てだしたずっと以前、
一月に一文字ずつ、「淡遠」の表紙に掲載した。
一年間で12個の仮名ということでこうなった。

自分では大満足、何度も作品に仕上げた。
今回はそれを漢字でやってみた。
「我可自学掌中行也游心自在」
下は金文でまとめてみた。

ロクと朝の散歩をしていたら、
烏の羽が落ちていた。
それをぺんにして書いてみた。
# by mteisi | 2009-08-14 21:05 | 自作の書
COLLECTION/CONNECTION
昨日「珈琲美美」に個展の打ち合わせで寄った。
市美の近くなので展覧会の内容によってお客さんの入りが違うらしい。
今なんですかと聞くと、所蔵品展だという。
たいしたもの持ってないでしょうというと、
結構面白いとのこと。

COLLECTION/CONNECTION
福岡市美術館30周年・福岡市制施行120年記念
コレクション/コネクションー福岡市美術館の30年
8月8日(土)〜9月27日(日)

こんな大層な展覧会なのに
入口付近にそれらいい案内もなにもない。

いつも1階の松永記念館から見るのでそちらへ行くと、
チケットは2階で購入とのこと。
階段を上がると、いつもはロビーの窓ガラスが
大きなスクリーンと化していた。

さまざまな分野のものを混在させる展示方法。
現代アートの傍に書が並んでいたりする。

特別展示室A室に入ると、
すぐの所に宮本武蔵の「闘鶏図」、上手な水墨画という感じだ。
アンディー ウォーフォールのエルビス プレスリーも目を引くが
創造性よりも思考形態の新鮮さという感じがする。
意外と仙厓の書が弱く見えた。
大ファンとしては残念。
清拙正澄の右払いの長い楷書の穏やかさが
何ともよかった。

目新しいものも沢山あるが、
やっぱり自分がいいと思っているものがよかった。
ベンシャーンの「つけペンを持つ手」がすごかった。
ピカソの版画も、遊びの世界へ入っていく感じが面白い。
マチスの切り絵もどうってなさが凄い。

日本の油絵創生期の部屋はなぜだかシーンとなった。
次の部屋にはいつも楽しめる佐伯祐三長谷川利行 があった。
長谷川利行はユトリロとルオーと並んでいたが、やっぱりよっかた。

ビュッフェの白いカンバスに黒い線で描かれた皿のある絵も印象的。

抽象的なものでは山口長男の赤茶色の面に黒い線が引かれた作品と
フォンタナの緑のキャンバスをカッターで斬りつけた3本の黒い線が
面白い対比を為していた。

松永記念館は樑階の「闘鶏図」が迎えてくれた。
現代絵画の抽象性を感じさせる墨の塊が、斬新。
武蔵は何を見たのやら、一刀のもとにやられている。
光悦の手紙は最高。

忘れていたが、李朝の柿蔕茶碗「白雨」はやっぱりいい。

それにしてもこの展覧会、入場料は500円と易いが、
もっと金をかけて市を上げてのイベントにすればいいのにと思った。
市制120年と銘を打った割には誰も知らないのではないだろうか。
遊べない公に仕事の儚さを感じた。
# by mteisi | 2009-08-12 11:40 | 展覧会
「鼎之鼎展」の印稿
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鼎之鼎展を「才」の表紙にしてみようと思っている。
印稿を試みたので紹介してみた。
印稿は表に現れてくるものではないが、
頭の中で動いているものを見てもらうのも、面白かろうと思った。
「文言之興」では陶印を多く作り、印譜でも作ろうと思っているので
このような形で予告編をこれからも見てもらおうと思う。

もともと印は大事な時に使うもので、
刻まれる文字も格が高いとされる篆書を使用するのが一般的だ。
それで篆刻(てんこく)というのだが、個人の遊びとして作る印は、
さまざまな書体で表現するのも面白かろうと思っている。

この印稿には鼎が2度出てくるので違う形を持ってきた。
甲骨文字と金文を並べている。
之は隷書体で、展は篆文と隷意と草書を混ぜてみた。
篆刻の世界では、
時代の違う字を同居させるのはタブーとする人が多いので、
この表現はこれまでなかったものだろう。

文字の世界がこれからの社会で存続して行くには、
もっと個人の考えが尊重される形を作り、
それをみんなで楽しむ文字聚落が、
作れないものかと考えている。
# by mteisi | 2009-08-12 07:01 | 自作の書
文言之興
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12月の「鼎之鼎展」の「あまねや工芸店」でのタイトルのロゴを作るのに、書体を拾い出してみた。
右から少し遊びのかかった普段の字・金文・篆文・隷書・草書となる。
手書きか陶印か木版かまだ決めてない。

文は人の正面形の胸に文身(いれずみ)の文様を加えた形。聖化のために朱などで加える文身をいう。
言は辛(はり)と口(さい)からなり、辛は入墨に使う針の形で、盟誓のとき自己詛盟を行い、もし違約の時にはその罰を受けることを示す。口はその盟誓の書を入れる器の形。言は器の前に辛をおき、神に盟誓することばのこと。
之は足跡の形で前に進むこと表す。
興は酒器である同を上下で持つ形。酒をふりそそいで、地霊をよび興すことをいう。

金文の形がよくそのことを表している。これは白川静の「字統」から省略して紹介した。これらのことを知りながら並んだ4文字を見ると、知らない前とは随分違うイメージが生まれてくる。
「あまねや工芸店」では軸装や額の作品ではなく陶印や木版などを通して、文字のことを表現したいと考えている。
# by mteisi | 2009-08-06 21:36 | 自作の書
蟬哥赫々
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12月に3箇所で書を展示する。タイトルは「鼎之鼎展」それぞれの会場にもタイトルを付けてみた。九州ケルト協会が企画したアイルランドの作家とのアクロス福岡での交流展。「Peace of Spiral」のテーマによって制作するので「渦的悠久」としてみた。長年のお付き合いで色々と展覧会をさせていただいた「あまねや工芸店」では、店主の川口さんの最初の要望が言葉の面白さをということだったので「文言之興」に。ずっと美味しいコーヒーを飲ませてくれている「珈琲美美」が、移転して新装OPEN記念の展覧会ということで、平常心で燃えている森光さんに「我有愉楽」を当ててみた。
最近は白川静の影響が強く、漢字を学ぶことに精をだしている。それでこの4文字のタイトルということになった。鼎展は鼎(かなえ)の3本足に因んで3箇所にかけてみた。ところが作品となると言葉が簡単に出てこない。時は刻一刻と過ぎて行くのにである。まだ時間はありそうなのだが、そうでもない気もする。少々焦り気味というところか。
1個ひねり出してみた。「蟬哥赫々」以前「ヂリヂリと太陽こがす蟬の声」という句を作ったことがあって、その言葉を4文字の漢字で当ててみたらこうなった。
語彙を広げるということはなかなか簡単ではない。だが書は言葉が命であることは間違いのないことであるから、向かっていくしかない。そういえば中国でも日本でも言葉を紡いだ人の書が魅力的である。好きなところでいえば蘇東坡・黄山谷・定家・良寛・仙厓・高村光太郎・会津八一等々。
# by mteisi | 2009-08-03 20:59 | 自作の書
青田
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みずの田に 風にゆられて ツンと立ち

書芸院のHPの表紙に掲載するのに書いてみた。
「風山叢」の稲の分けつはまだ進んでないが、元気に育っている。
随分と草も出て来たが、そのままにして様子を見ている。
今はせっせと草刈り。草刈り機が故障したこともあって、どこもかしこも草ぼうぼう。
猪が入ってきて水遊びをしたようだが、被害はほとんどなかった。
だが、フェンスを早く立てた方がいいようだ。
# by mteisi | 2009-07-16 19:16 | 自作の書
伊秉綬の書
清代の伊秉綬(いへいじゅ)は王羲之の影響をほとんど受けない造形で表現を楽しんでいる。希有な存在だろう。隷書の表現も一風変わっている。躍動感がほとんどない運筆は、小刻みだが大きなうねりを感じさせるような、揺れるようで重厚な変な線を引いている。
また行草作品もユニークだ。顔真卿の影響を受けているというが、顔法というよりも裵将軍の碑の、水平垂直の字形を隷意をもった楷書と、連綿の草体を混在させた表現を学んだように見える。紹介の作品は極端な連綿草は見られないが、一字目の華という字を篆書で書いているところなど、文字研究の面白さを大いに楽しんでいる。現代では金子鴎亭先生が近代詩文書で篆書と平仮名を同居させた作品を若い頃試みてあったが、篆書から草書まで混在させて遊ぶやり方は今の書壇では評価をもらえないのではなかろうか。
書体のさまざまを学んだ人は少ないだろう。その知識を中学生まで全員に伝えることが出来たら、文字教養のレベルが相当に高くなる。書を鑑賞して楽しむ人も増えることだろう。
伊墨卿ともいうが面白い人である。
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# by mteisi | 2009-07-07 01:27 | 歴史的な作家と書