古今和歌集713
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霞のむこうの青い空。

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いつわりと思う物から今さらに
たがまころをか我はたのまむ

あの人の言葉を偽りであると思うものの、
今さら誰の真実を頼みにしようか、
今となっては、わたしは偽りがあっても
あなたを頼みにするより他にしかたがないのである。
# by mteisi | 2012-05-17 05:47 | 古今和歌集
古今和歌集712
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白い霞のそらにあかるい白い雲ほのか。

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いつわりのなき世なりせばいか許
ひとのことのはうれしからまし

もし偽りというものがない世の中であったならば、
あの人の言葉はどんなにうれしいことであろうか。
# by mteisi | 2012-05-16 06:14 | 古今和歌集
一二三四五六七八九十
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# by mteisi | 2012-05-16 06:09 | 自作の書
古今和歌集711
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グレーの冴えた色調。

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いで人はことのみぞよき月草の
うつし心はいろことにして

いやもう、あなたはお口だけが立派であるよ。
月草で染めたものがすぐ色がかわるように、
移り気は格別であって。
# by mteisi | 2012-05-15 07:18 | 古今和歌集
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偶から禺を調べて
顒然たる姿の神像という言葉に出会い。
偶然の意味にたまたま出会うだけではない、
意味を感じるようになった。  
それで愚はどうだろうかと思った。
てもとの漢和辞典では
おろかであることしかでてなかった。

そこで「字統」なんだが、
そうかということが丁寧に
紹介してあった。
できるだけ忠実に写してみる。

グ・おろか
声符は禺。
[説文]に「禺は母猴の屬なり」、
また、「愚にはおろかなるなり。
心に従い禺に従う。禺は猴の屬、
獣の愚かなるものなり」とするが、
猴は必ずしも愚かな獣の代表と
すべきものではない。
禺は水神の名とされることが多いが、
その実体は明らかでなく、字形からみて、
その姿を人に移して顒然ギョウゼンというのは、
その厳荘の状をいう語である。
その厳荘の風姿に似合わず、
機略に乏しいという感じを、
愚といったのであろう。
狡智の人からみると、
温和な人は利発さに乏しいと
みえるものであるが、
いやゆる「大賢は愚かなるが如し」、
[論語、爲政]に、
「回(顔淵)や違タガはざること愚なるが如し」、
[先進]「柴サイ(高柴コウサイ)や愚なり」
などもその意である。
[詩、大雅、抑ヨク]に
「哲として愚ならざるは靡し」とは、
世が衰えると、哲人顔するものも、みな愚にひとしいという。
[論語、公冶長コウヤチョウに、
「邦に道無きときは則ち愚」とは、
自ら愚を装う意である。

長くなったが要約するのが難しかったので、
全部紹介した。
辞典によって内容がまったく違うものになる。
辞典は正しいものとして向き合うが、
一面正しいというくらいで
付き合うのがいいのかもしれない。
しかし「字統」の独創性は
そこに普遍性を独自に表出しようとしたところか。
# by mteisi | 2012-05-15 07:13 | 語源で遊ぶ
古今和歌集710
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ぼんやりと霞のそら。

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たがさとに夜がれをしてか郭公
ただここにしもねたるこゑする。

いったいどなたのいる所に、
不義理(夜離れ)しているのであろうか、
ほととぎすは、もっぱら私の所にだけ
寝ているように鳴いてはいるが。
# by mteisi | 2012-05-14 06:07 | 古今和歌集
上上吉
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# by mteisi | 2012-05-14 05:57 | 自作の書
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邂逅の邂を書こうと思って、
邂逅を調べてみたら、
偶然出会うの文字が飛び込んできた。
偶が書きたいと思い、
書いた書。

何となく人の形に見えるなとおもいながら、
偶を字統で引いてみると、
ひとかた・でく
とあった。
禺は顒然たる姿の神像で、
そのように作られた「ひとかた」
を偶というとある。
木偶・土偶・偶像のようにいう。
で、
顒然の意味が分からなかったので
旺文社の国語辞典でギョウゼンをひくと
凝然(じっとしてうごかないさま)しか
のってなかった。
そこで顒を字統でひくと
おおきな頭とあり
禺は頭の大きな蛇の類で
そのようなものが顒然として
首をもたげる形で
恐るべく威厳のあるさまを
顒若・顒々という。
とあった。

そこで禺をひくと
おそらく頭の大きな虫の形であろという。
つづけて
[山海経、海外北経]に禺強の名がみえ、
これは海神である。
[荘子、大宋師]にも、
北極に禺強が立つというが、
禺の字の下半分は禹と同じく
雌雄の竜が相交わる形で、
禺はおそらく神をいう字であろう、
という。

偶然はたまたま出会うということだが、
字統を見ていると、
未知の神との遭遇に
おもいが行ってしまった。
# by mteisi | 2012-05-13 07:06 | 自作の書
古今和歌集709
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ほの白い空があかるい。

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たまかずらはふ木あまたになりぬれば
たえぬ心のうれしげもなし

玉葛の這いかかる木がたくさんになったように、
あなたも大勢の女性のもとへ通って行かれるようになったので、
私をも忘れないで来られる御心は、うれしくのありません。
# by mteisi | 2012-05-13 06:07 | 古今和歌集
古今和歌集708
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ぼんやりとした明るさ。

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題しらず
 よみ人しらず

すまのあまのしほやく煙風をいたみ
おもわぬ方にたなびきにけり

須磨の漁夫が塩を焼く煙は、
風がひどく吹くのでおもいがけぬ方向へ
なびいてしまったことであるよ。
# by mteisi | 2012-05-12 05:34 | 古今和歌集